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私のライブハウス大作戦の始まりは宮古のパワーストックだった

あの震災の日私は七ヶ浜の高台にあるデイで働いていて
遠くに見える津波の現実がわからずに
ただ、施設長のこのまま利用者さんを自宅に帰せないという指示で利用者さんが寝付く21時まで介護をしていた。
翌日は25周年記念のライブで渋谷AXに行くはずだった
まさか、新幹線も止まり、街が壊滅状態になっていて、そんなライブどころじゃなかったなんてその時はまだ知らなかった
その後はもう酷くてね、私もみんなもおかしくなっちゃって…
結局振り替えライブをやった時も東京まで行けるような状態じゃなくて断念
中学の頃から好きでその頃、私を支えていた歌を観に行けない
いつまでこんなまま続くんだろうっていう時に
BLOGで宮古に行くって言ってて、
なんかわからないけどきっと宮古に行ったら逢える!っていう 自信があった
確証もないまま、子供にも「ごめんね、宮古にどうしても行かないといけないから」と半強制的に連れて車で250キロ4時間かかって宮古へ。
それが宮古のパワーストックだった
シークレットライブだったらしく、そんなのに外部の私が行ってしまって良かったのだろうか?とも後で悩んだんだけど
あの、宮古の心から楽しんでいる笑顔を見て
本当に音楽ってすげえって思ったんだよね
東北ライブハウス大作戦を知ったのも西片さんのツイッターだったかな?
あの震災で何もなくなった所にライブハウスが建って笑顔で溢れる街になるんだって思ったら凄い企画だと思った。
誰かに建ててもらうんじゃない、自分たちで建てるライブハウス!
それは私が思う復興の形でもあった。
私は被災地にいるけど家を流された被災者じゃないし家族も失っていないしたまたまそんな中心で仕事をしているだけだったけど、デイでは福祉避難所ってやつに登録されていたために役所から普通の避難所では暮らせない高齢者さん達が回されてきてて(役所から何の連絡もないのにこちらが避難所って聞いてと高齢者を連れた家族がやってきて置いて行くような…)
ある時役所から支給でおにぎりを出すので取りに来てって連絡あったから取りに行ったらね、役所の人が8人くらいでおにぎり握ってるの。何人分をたったそれだけで握るの?って感じで一日中握っているらしく、「ごめん、手伝って貰っても良い?」って聞くからもちろんてつだって、小1時間くら手伝ったのかな?全く終わりも見えないんだけど「もういいよ~ありがと~」って配給分を貰って帰ってきたんだけどね、「初日はおにぎりでも喜んでくれたのに最近はまた?みたいな感じなんだよね」って聞いてなんか違うよなって思った。そのおにぎりを握っている職員さん達だって被災者だろうし、あの避難所の中には確かに家を流されたり大変な人がいるけど、でもおにぎりを握れないわけじゃないよね?貰うだけなの?自分の力で立ち上がろうよ!って想いがずっとあった。

瓦礫の山の中を通るうちに、段々その光景が日常になってしまい
でもそれだけでも心の元気が吸い取られてしまい正常な心を保つために歌が必要だった
七ヶ浜震災
でも、ダメになっちゃった。20年好きだった、心を支えたものは私が思ってたようなものじゃなかったんだと思う。
震災がなかったら多分今でも好きだったと思うけど、どっかで狂っちゃった、私か貴方か二人ともか…
そんな暗闇の中にいて光も見えない時に東北ライブハウス大作戦だったからね
西片さんのつぶやきに前に進むパワー貰って心酔したよ
今本を読んで大変だったんだろうし、その言葉はきっと自分を奮い立たせるためのものだったんだろうなって思ったけど
少なくてもその言葉で私は救われたな
ああ私も頑張らなくっちゃなって
それから幡再に参加し始めて
BRAHMANの音楽には救われたな~
見えているものが同じ、感じるものが同じ、それでちゃんと行動している


宮古から始まり、ライブハウスが出来る様子を子供のようにわくわくしながら見続けてこけら落としも行きたかったけど、やっぱ地元民にライブハウスに行って欲しいなと思ってチケット取らなかった。あの街に笑顔が音楽が今日も溢れるんだって思うとそれだけで嬉しいよ
ライブハウスを作って終わりじゃない
まだまだ続く東北ライブハウス大作戦
自分に出来る事は少ないけど、それでもやらないのとやるのでは全然違うんだよね
なかなか行けないんだけど、また必ず行くから!

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今日で3年

昨日からどんな風に迎えればいいのか考えていた
ひとつは震災時働いていた職場を去年末辞めた事かな
あの瞬間いた場所に去年もおととしも立っていた
11日のサイレンを黙とうしたあの場所
今年は卒業しちゃったから
まあ、別に行ってもいいんだけどw

でも、やっぱ、ちょっと辛いから行きたくないかも

今年はね
休んだの
子供も学校休ませた
ゲームやアニメは禁止で。

追悼式とかはちょっと違うから行かなかったけど
昼にマックを食べて
ちょうど、そこも震災後1年くらい閉まっていて
45号の震災後の光景を子供に話して聞かせて
そこからぐるっと施設の方に行って
あの日、自宅へ帰った道を通り
自分の見た光景を子供に教えて
もういちど、あの日、あの後の事思い出して
子供達と話した
そんな時間
3年経って初めてだったな

東北ライブハウス大作戦

「音楽が無力だなんて絶対に言わせねぇ」

ありがとうTOSHI-LOW
言わせないでね
そんな事言わせないで…

あの宮古のライブ
音楽は無力じゃないよ

東北ライブハウス大作戦は音楽好きに光だよ
復興は補助金や支援金ばかりじゃない
生きるチカラを
明日に向かうチカラを
それが本当の支援だと思う

人生観や信仰、科学や哲学など
 「自分の中の自分に対する抵抗」が
 なくなった時、
 人はその考え方を曲げることが
 できなくなります。

 自分の考えや、自分の考え方が
 数あるうちのたったひとつに過ぎない
 のに、それが絶対のものに
 感じられてしまうのです。


 自分の意見の正当性を主張しあい、
 相手の意見を否定しあい
 勝敗がつくような
 不可思議なことが起こります。


 人と意見を交わしてること自体で
 すでに何かしら自分の中に変化が
 生まれてしまっているのだから、
 人の意見を受け入れることを
 恐れる必要は本来ないんだと思います。



 世の出来事なんて割りきれなくて
 うまく立ち回れないことばかりです。
 正解も真実も1つじゃないこと
 ばかりです。
 絶対のものなんてきっとない。

 ある方にとってゆずれないル-ルも
 またある方にはうまくいった方法も
 一般的によく言われる考えも
 うつろうものです。

 正しいものを選ぼうとか
 どちらかひとつにしなければとか
 不可能なことも多いのだから、
 そんな時は無理に決めずに
 方向性さえ決められればいいんだと
 思います。


 手抜きとは違う柔軟性と、妥協とは
 違う多様性。そして
 自分の矛盾を受け入れられる勇気。
 それが欲しいなと思います。
           (ある人のブログより抜粋)

人はなんの為に人の意見を聞かなくなるのか。
自分の心を守る為?
否定されたところは全部じゃない
すべてを否定する事なんて出来やしない
だって、見ている所だってその人のほんの一部でしかないのだから
じゃあ、なぜ否定するのか。
それは自分の意見と違うと思ったから
数あるうちのたったひとつに過ぎない自分の考えが
正しい絶対的なものと勘違いしたからか。。。
違うなら違うと言って欲しかった
意見を交わす事なく、三行半状態か。。。

心の中の一番大事な柱が抜かれちゃったみたい
すべてがグラグラしちゃってる
修復が必要なので

しばらくお休みします。


あれから、自分の心を探してる
ズレてしまった何かを取り戻そうとあがく
そんなに大問題ならUNITに行く?って旦那ちゃんも言ってくれたけど
今はまだ前へ踏み出す気分じゃないんだ

どうしてこうなった どうしてこうなった
無くした何かを取り返そうとすればするほど
俺達は慰めあうように離れてく 離れてく

ああ、嫌だな私。
そんなん流して生きればいいのにね、出来ない

みんな違うからわかろうとするんだろ

ってわかろうとする事も出来ない。

自分の理想像を押しつけているだけだよね
ホント迷惑な困ったちゃんだ
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KP61

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