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1日から小学校も完全給食再開しました(^O^)/
じゃ、それまで何を食べていたかと言うと
初めはパン(ジャムとか)と牛乳のみ
毎日お腹減った~っと帰ってくるのが可哀そうでした
戦後かっ(いや、戦後はもっとひどかったでしょうけど)
それから主食給食、、、
ようするにご飯とのりとか納豆、牛乳

…足りないよね
でも、給食を提供している以上、お弁当とかおかずとか持ち込みはダメらしい
ニュースより

「教育委員会としては児童生徒のお弁当の持ち込みは認めていませんし、ましてや特例を出す考えもありません。第一それをしたら、お弁当を持ってこられる子、こられない子が出てきて、公平性が損なわれます」

だそうです。(´・д・)-з
バッカじゃねえの~
幸いうちの小学校はおにぎりを持ってきても良いとされていましたので良かったです
(学校独自の判断かは不明ですが…)
公平性なんて必要か?
そもそも人生に公平さが存在するのか
それこそ、被災地だし助け合いの精神でもいいんじゃないのか
子供同士、あげたり交換したりとちゃんとできるんじゃないかと思う
なぜ、この緊急事態に特例を出す事を検討しようとしないのか
面倒な事を避けているだけにしか思えない

今でも水も出ない地域もあるし通電していない所もある
修繕は市内からやっていた
仮設住宅に入れた人・入れなかった人
世の中は不公平で出来ているんだよ

そんな日に内閣不信任案。。。
さて、小沢さん自民党さん何やってるの?
このKYがっ

わかってるんだぜ
原発推進してたのは君たちだって
安全だからと地方に押し付けたのは自民党時代だよ
何を責任転嫁しているの?
しらばっくれちゃいけないよ
政権をとったら放射線を無くせるのかい?


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ボランティアツアーのニュース

朝のニュースでツアーの事をやっていた
コメンテーターは衣食住をしっかりと確保してから行くように
なんて言ってたけど、現地にいる私は違うと思った。
もう津波被害のない所では普通になっている
逆にお金を使っていってくれたほうが頑張って店を開けている人達には嬉しいだろう

塩釜のマグロ直売所ももう開いていた。
すぐ近くの信号機は動かないし、商店街は水があがって閉まっている方が多いのに
頑張ってるなぁ

塩釜神社では駐車場に他県ナンバーの車がぎっしり
ボランティアさんの宿泊施設にでもなっているのか?
大型バスも連なって来てた
道の脇に停まって写真をとっているバイカーもいた

私が働く施設は七ヶ浜にあるんだけど
菖蒲田浜は壊滅で今も瓦礫の山
2,3日前も自衛隊の一斉捜索をしていた
何人も亡くなったところで写真をとる気にはなれない
なんの為に写真を撮るかといったらみんなに見せる為と言うだろう
写真では凄さも怖さも悲しさも伝え切らないと思う
テレビで流れている映像はどこか人事
安全なところで見る画像は現地で見る光景とは違う
あれを見ていたら海の近くは怖くて居られない
余震もあるし、いつまた津波を伴う地震が来るともわからない
七ヶ浜は高台もあるからすぐに逃げられるけど
深沼や石巻では山がないところで逃げ切れないだろう
車は渋滞するだろうし、遮るものが瓦礫となったところでは津波の足も速い、高い建物にだってダメージはあるだろうから崩壊の危険性だってある。
石巻なんて大潮で膝くらいまで浸水する地区もあるそうだし、地盤沈下もしているから本当に怖いよ
そんなところにカメラ片手に見に行く人の気がしれない
あれから、1ヵ月です
7日の余震は怖かった
家で寝ていたけど、瞬間的な強さは3・11よりも揺れたように感じた
そして、すぐにまた停電。。。
電話も繋がりにくくなってた
せっかく日常に戻ったのに、またあの日に引き戻されたような気になった
次の日、スーパーでは人が並び、ガソリンスタンドにも行列が出来ていた
買いだめムード一色だった。
あの時のトラウマだね、みんな。
なにより、また停電
いつまで続くのか、またあの時のようにしばらく停電なのか、みんな不安でいっぱい
結局、次の日の夕方前までには電気が点いたけど
電気が点いた時はもう本当に嬉しかった。
SIONのラジオもインターネットのクリアな音で聞けたしね♪

7日の余震では隆起した地面がさらに盛り上がり、
陥没したところはさらに凹んで
ダメージを受けていた家は壁が落ちたりしている(うちは大丈夫だけど)

そして今日の福島での強い余震
施設にいた時に津波警報がでて、みんな津波!!!って慌てて帰った
だって、橋を越えないと帰れないから津波が来てからじゃしばらくは危ないからね
慌てて車で走ったら、みんな車に乗って逃げてる~混んでる~
6時仙台港到達予定の中、仙台港付近に向けて走る(笑)
急いだらその前に自宅まで帰れそうってギリギリ近くまで走ったけど
混んできてるし、もしもの時を考えて50分に一本入った道を走ったら、、、
また混んでる~
仕方ないからちょっと遠回りだけど迂回ルートで自宅へ
50センチの津波なんて今まではなんとも思わなかったけど
あの津波の爪痕見てるから、恐怖心はすごいある

今では普通に店もやってて、ガソリンも満タン入れられるようになったけど
地震だけのところは普通の生活に戻ってるけど
津波被害のあったところは瓦礫がまだ山積み
道の端、会社や個人の敷地には流れてきた車が折り重なってる
施設の近くではまだ通行止めの道もある

なかった事のように生活できない
どこを見ても地震・津波の跡が残ってる
毎日、施設にボランティアさんが来てくれます
日替わりです
今日来てくれた方は東京と福岡から来たそうです
ちゃんと、自分でテントとかで泊まっているという
自立されたボランティアさんです
凄いなぁと本当に感心するんです

でも…
いい歳した大人の方、、、
あの、、、お仕事はどうしているんでしょうか?
聞けません(>_<)
有給なのかしら?
私もボランティアに入りたいとか思うけど
そんなに余裕ないです

だいぶ、ガソリンも満タン入れられるようになって
お店でもそれなりに色々売っていて不便じゃなくなりました
コンビニも棚は空いてる所も多いけど
夕方6時まで開いてます
私の住んでる周りでは日常に戻りつつあります

10キロ離れた施設では昨日ようやく水が出て
浜ではまだ瓦礫の山
家には赤紙や黄紙が貼られ
自宅に帰れず避難生活が続いている人もまだ多くいます

ストレスと不衛生から体調を崩す方も多く
利用者さんの中でも亡くなられた方、
脳梗塞で入院された方も、、、


日常と非日常の世界を行き来しています
明日、ガスが来るかも?なんですっ!

開栓予定地区にうちの町の名前がっ!!!

やった~
風呂に入れるぞ~(汚い?・笑)


でも、ちょっと複雑。。。
自分だけ日常に戻ってしまう気がして、なんか悪いなぁ

今日避難されていた方の家に電気が通ったからとようやく帰宅できた方がいた
家に帰れる、みんなに世話になったと涙を流しながら帰っていかれました
その方の自宅は海の近くで、自宅下は瓦礫の山、陸の孤島と化していたそうです
ようやく電気だけ、復旧したんです
まだ水も出ない、電話も通じないという、、、

デイでもまだ水が出ません
水さえ出たら入浴させてあげれるのにっ!
いつになるかわからない
一応予定は4月2日だけど、水を通してみて水道管の修繕が必要とかならもっと伸びちゃうし…
せめて、自分が出来る事、洗髪なり足浴なりやっています
ただそれだけでも、みんな本当に喜んでくれます。
お風呂に入れる日が来たら、私も感激して泣いちゃうかも

今日避難所まで利用者さんをお迎えに行きました
普段車いす利用されている方なんですが、避難所の体育館でずっと過ごしていたそうです
ここにいたいなぁとぼそっと言ってました。
「ここにいていいんだよ」ってどんなに言ってあげたかったか
(避難所になっていて、何人かはずっとその日から泊まっています)
でもね、ご家族もいるし私にそこまでの権限ないのよ(/_;)
また、避難所の体育館に送って行きました。。。
本当に必要な人に支援の手を差し伸べてあげられていないのではないか、心が痛みます

見えない境界線が引かれているようです
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